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あいホーム加美店・喜多ブログ『視聴覚室』
【喜多】我々が宇宙人だった頃のサムネイル
所長(加美店)
喜多 亮平
視聴覚室

(※累計253記事)

【喜多】我々が宇宙人だった頃

強火で一斉にはじけたポップコーンのように、私の住む仙台市では桜が見事に咲き誇り、新入学シーズンにまさに花を添えています。













このたび新入学を迎えられた皆様・ご家族様は、コロナ禍で無事新たなスタートを切れたことを誠にお慶び申し上げます。














入学といえば、私の実家では子供の頃入学式や卒業式などのイベントのときに「玄関先」で写真を撮ることがよくありました。


























と言ったものの、とくにイベントがないときも玄関先で写真をよく撮ってました。






















そんな実家を、長く空き家状態だった実家を、数年前に解体しました。




















「ノー断熱の家」

















解体するまで分からなかったのですが、断熱材が全く入ってなかったんだなぁって。でも断熱材などというものの存在も知らず、それが当たり前に過ごしてきたわけなんです。









エアコンが0台で、夏場は保冷剤を頭にタオルで巻き付けてたこともありました。扇風機の前で「我々は宇宙人」になっていたものです。
















1978年の宮城県沖地震の影響でビー玉が自動で転がるほど勾配のついたフローリングは、友人に面白がって自慢していました。スゴイでしょ!うん魔法みたい!って。HAHA!

















解体されてみると布基礎で、束が傾いていたのかそもそも地盤ごと沈んでたのか、勾配の原因は結局分からず終いでした。東日本大震災ではなんとか持ちこたえたものの、そのまま空き家にしていたら先日の震度6.5強で倒壊していたのではと震えます。














天井裏から出てきた幣束。











おじいちゃん、上棟式やったんだなぁなどと想像しながら、家内安全や繁栄を願い建てられた家と他界した祖父に、あらためてお礼を言いました。


















形があるものはいつか無くなりますが、思い出は良かったことや楽しかったことばかりです。











今年新入学を迎えた子ども達が将来「うちの実家(UA値0.28・C値0.3)は全館空調の家で、エアコン1台で家中隅々まで冷暖房が効いていたなぁ。ありがとうパパママン」と思い出に浸る日も、きっとやってくることでしょう。